風景構成法関連
大学院生のとき、風景構成法研究に取り組んだ。その成果が学位論文となったのだが、本書はそれを基にしてできあがった風景構成法に関する日本で初めてのモノグラフで、1994年の刊行である。嬉しいことにいまも版を重ねている。
本書執筆のころは、河合隼雄先生との教育分析の真っ最中で、まさにこころの深層を彷徨していた日々だった。また、ロサンゼルス在住のJohn Marvin Spiegelman 先生にもユング派の短期集中夢分析を受けるために、はじめて海を渡った。
風景構成法の創案者であり、稀代の精神科医である中井久夫先生から本書の感想を直筆のお手紙でいただいたことは、これ以降の風景構成法研究の励みとなった。1993年のことだった。
『風景構成法——その基礎と実践』(誠信書房)
風景構成法関連
モノグラフ刊行後、風景構成法はこころ臨床の多様な領域で用いられるようになったのだが、精神科臨床、児童臨床、司法臨床における実践の事例を各界の専門家に報告していただき、それを川嵜克哲さんとふたりで議論してできあがったのが本書である。モノグラフ刊行から8年後の2002年に世に出た。
敬愛する精神科医で、バウム臨床の第一人者でもあった加藤清先生が本書を読んでくださり、お褒めのことばをくださったことが懐かしく思い出される。
『風景構成法の事例と展開——心理臨床の体験知』(誠信書房)
風景構成法関連
風景構成法をこころ臨床の領域に、心理療法のひとつとして根づかせようと腐心していたころ、多くの若い心理臨床家などとの議論を重ねながらできあがっていったのが本書である。2004年のことである。
カバー表紙はマ・サティアム・サヴィタ(中村緑夏)さんの著『さがしてごらん君の牛』(禅文化研究所)のなかの一枚だが、この著はいまもなお、わたしのこころ臨床の座右の書である。これがきっかけで中村緑夏さんに実際にお会してお話ができたことは感激だった。
また、ユング心理学の重鎮であった氏原寛先生にも褒めていただいた。
『風景構成法のときと語り』(誠信書房)
風景構成法関連
『風景構成法のときと語り』から約20年の月日を経て、2023年に本書は世に出た。風景構成法研究の集大成を目指して、この研究の中心を担う京都大学の心理臨床の薫陶を受けた多くの臨床家の寄稿を浅田剛正さんと編んだ一書である。
ちょうど本書執筆のさなか、中井久夫先生が永眠された。本書を手に取っていただけないのは、ほんとうに残念である。
本書名そのままの拙論は、中井久夫先生へのオマージュでもある。学恩に深甚なる感謝を捧げたい。
『風景構成法の現在(いま)』(誠信書房)
こころ臨床の思想・実践関連
こころ臨床にたいする自身の考えの礎となった一書で、1998年の刊行である。河合隼雄先生との教育分析もおおきな一山を越えたところで、ものすごい量のイメージと発想が降った湧いたことを覚えている。
毎日とにかく書き続けては出版社(誠信書房)に送って、編集の松山由理子さんがもうすこしペースを落としてほしいと音を上げるほどだったのが懐かしい。
また、本書を読んでこころ臨床を志す後進が現れたことも嬉しいことだった。
『生きる心理療法と教育——臨床教育学の視座から』(誠信書房)
こころ臨床の思想・実践関連
本書は意外に知られていないが、「発達とパーソナリティ」「攻撃性と甘えのパーソナリティ」「障害の現代的意味とパーソナリティの成長」の三論文が収められている。発達、パーソナリティ、障害についてはじめて正面から取り組んだもので、そのとき考えたことはいまの思想を支えてもいる。
実は執筆は1991年のころで、当時母の臨終というおおきなできごとのただなかで、締め切りに遅れるわけにはいかないという気持ちから、喪主としての通夜・葬儀の合間をぬって執筆していたことが思い出される。しかし、残念ながら他の執筆者の遅筆によって、刊行はそれから12年後の2013年であった。以来、締め切りに遅れないことを信条とするようになった。
『ベーシック 現代心理学5 パーソナリティの心理学』(有斐閣)
こころ臨床の思想・実践関連
当時、誠信書房の編集だった松山由理子さんから「日本の心理臨床をシリーズとして企画しましょう」との声かけをいただき、単著で一書を書き下ろす全6巻シリーズをふたりで企画し、執筆者を決めて会いに行き執筆依頼をしたという思い出深いシリーズの第4巻で、2010年に世に出た。
概念的認識ではなく体験的認識をこころ臨床の根本に置くことを決意した一書である。
2007年に恩師の河合隼雄先生が永眠されてまもなく、熊野古道を歩いて師と語り合うなかで生まれた論考を読んだ松山さんの、「河合隼雄先生へのオマージュですね」とのことばがいまもこころに残っている。
『日本の心理臨床4 体験の語りを巡って』(誠信書房)
こころ臨床の思想・実践関連
京都大学を早期退職するにあたり、自身のこころ臨床における実践体験を中心に、これまでをふり返って論じた一書。2018年刊行である。
21世紀に入ってから、ハーバード大学教授で医療人類学の世界的権威であるArthur Kleinman先生と出会い、そこからの学びを深くしていったころで、その体験はいまも、こころ臨床の思想におおきな影響を与え続けている。まさに、第2の師である。
『心理臨床家のあなたへ——ケアをするということ』(福村出版)
こころ臨床の思想・実践関連
最新刊(2024年)。河合隼雄先生とクラインマン先生から得た「物語」というテーマについて、自身の人生の物語をふり返りつつ、それをこころ臨床の視角から論考した一書で、それはいわばConstellationという概念を自分なりに論述することでもあった。
それはまた、長年に亘って、折にふれて思ったことを書き溜めてきた原稿をひとつにまとめる作業でもあった。刊行後、こころ臨床の手ほどきを受け始めたころの同僚から手紙で感想が送られてきた。嬉しかった。
また、出版は『心に響く小さな5つの物語』の「こころ臨床エッセイ」で出会うことになった致知出版社からで、自身にとってはじめての一般読者向けの著作となった。
『それでも生きてゆく意味を求めて——こころの宇宙を旅する』(致知出版社)
スーパーヴィジョン
京都大学に移った1999年ころから、心理臨床家のスーパーヴィジョンというテーマに深くかかわることになり、所属した「臨床実践指導学講座」の大学院生と教員とで編んだのが本書で2014年に世に出た。
スーパーヴィジョンにかんする真に役立つ書物を作ろうとの意気込みで取り組んだもので、スーパーヴィジョンを学として構築していこうとする試みがここから始まった。
『心理臨床実践におけるスーパーヴィジョン——スーパーヴィジョン学の構築』(日本評論社)
スーパーヴィジョン
大学院での授業の合間に、大学院生が読んでいた Paul Kugler Ed.:Jungian Perspectives on Clinical Supervisionを輪読の院生たちと訳出したのが本書で、2019年に刊行された。
執筆陣はユング派の分析家だが、やや難解のきらいはあるにせよ、ユング派にかぎらず心理臨床に携わるすべてのひとに意味ある書である。巻末にある内外のスーパーヴィジョン関連文献の一覧は、この領域の研究者にも役立つものとなっている。
本書は、2018年にボストンに滞在していた9か月あまりのあいだの主要な仕事のひとつであり、執筆陣の訳稿はメール添付で海を渡って監訳者のわたしとやりとりされた。
『スーパーヴィジョンの実際問題——心理臨床とその教育を考える』(福村出版)
翻訳書:ユング心理学
Carl Gustav Jung:Kinderträmeの全訳で1992年の刊行である。ユングによる子どもの夢のセミナー録で、河合隼雄先生がユング研究所で学んでおられた1962年当時は、非公開であったという。
最初の分析家である吉本千鶴子先生との教育分析のなかで、翻訳書の基になるタイプ録をいただいたのは、1988年のころだった。当時もいまも、それはまるで宝物のように輝いている。それを手に、河合隼雄先生のご自宅を訪れて翻訳の意思をこう伝えた。「ドイツ語は苦手で、十年位かかると思いますが、是非これを訳したいのですが」。すると先生は、「これは氏原先生が訳しているから、君も訳者の一人に加わるように話してあげよう」と即座に言われ、なんとその場で氏原先生に電話をしてくださり、電話口でこう言われた。「皆藤君はドイツ語はできないけれど日本語ができるから、是非訳者に加えてやってほしい」。以来数年間、ドイツ語との格闘だった。丸一日取り組んでも一行も訳せず涙したこともあった。まったく、無謀きわまりない試みだったのだが、一念岩をも通すという具合だった。この仕事はまさにイニシエーションだった。
『ユングコレクション8・9 子どもの夢Ⅰ・Ⅱ』(人文書院)
翻訳書:ユング心理学
『子どもの夢』の翻訳でお世話になった人文書院の樋口至宏さんから翻訳の打診をいただいた。Harry A. Wilmer:Practical Jungの全訳で上巻は1993年に、下巻は翌1994年に、樋口さんの転出先の鳥影社からそれぞれ世に出た。
先の翻訳で苦労したこともあって、ひとりで訳出することが不安で、当時ふたりの先輩と勉強していた Soul Psychology 研究会に原書を紹介し三人で訳出することになった。
感慨深いのは、訳稿をあいだに三人の議論が留まることなく続くことだった。また、これが理論書ではなくウィルマーの臨床体験に基づく論考だったがゆえに、訳者それぞれの臨床体験が刺激され、訳文の点検以上に臨床の議論が豊かになっていった。
ふたりの先輩とは、この仕事から30年以上経ったいまも、臨床家仲間として親しくおつき合いをさせていただいている。
『プラクティカル・ユング——ユング派の心理療法を学ぶ(上・下)』(鳥影社)
翻訳書:精神医学
当時、京都大学の助教授(現:京都大学名誉教授)だった山中康裕先生に、翻訳の末席に加えていただいて1994年に刊行となった。Arthur Harry Chapman & Miriam C. M. S. Chapman:Harry Stack Sullivan’s Concepts of Personality Development and Psychiatric Illnessの全訳である。
訳出作業をとおして、難解なサリヴァンの考えを理解する手助けとなった。とくに、「精神遅滞に対する対人関係論的接近法」は、いまも自身のこころ臨床を支えるひとつの思想となっている。
『サリヴァン入門——その発達理論と疾病論』(岩崎学術出版社)
翻訳書:ユング心理学
京都大学の大学院生だったころ、山中康裕先生を主幹とする研究会で輪読した Anthony Storr:The Essential Jungの全訳で、創元社から1997年に刊行され、2020年に装丁を一新して「創元アーカイブス」となった。刊行後20年以上も読まれ続けている息の長い一書である。
訳出作業は、ユングの全著作のエッセンスを網羅的に理解することにおおいに役立つものだった。とくに、みずから申し出てユングの「著作目録」を作成する作業に携わったことは、のちのユング研究に非常に役立つものとなった。
『エセンシャル・ユング——ユングが語るユング心理学』(創元社)
アーサー・クラインマン関連の著訳書
21世紀に入って、アーサー・クラインマン先生との出会いはおおきな恵みとなっている。ここから医療人類学そして医療学への傾倒が一気に深まっていった。その出会いのとき、先生の手ずから渡されたのが What Really Mattersであり、その全訳が本書である。
2009年と2010年に、京都大学の糖尿病医療学研究会でハーバード大学の先生の研究室を訪れたのだが、そこでの議論も巻末に掲載されている。その深い思索は、ジョーン夫人のケアの体験に基づくものであることが、のちにわかった。
『八つの人生の物語——不確かで危険に満ちた時代を道徳的に生きるということ』(誠信書房)
アーサー・クラインマン関連の著訳書
2014年にクラインマン先生を招聘し、東京武蔵野病院と京都大学で講演会や事例検討会などを開催したが、そのときの講演、事例検討、そして先生の論考を加え、東京の江口重幸先生とわたしの論考を添えて一書を編んだ。
ケアは、いまの日本には焦眉のテーマでありながら、いまだ本格的な、そして役立つ議論は充分ではない。その意味でも本書はおおいに役立つものである。とくに、クラインマン先生の、ジョーン夫人のケアから生まれたさまざまな思想は、ケアすることの意味を人間性の地平から深く問いかけてくる。
『ケアをすることの意味——病む人とともに在ることの心理学と医療人類学』(誠信書房)
アーサー・クラインマン関連の著訳書
これは乳腺外科医である吉村慶子先生の著作だが、先生の依頼を受けて監修者としてかかわらせていただいた。先生もまた、クラインマン先生の薫陶を受けたひとりである。
この仕事をとおして、現代の医学・医療について科学性と人間性という観点から深く思索する機会をいただいた。それが巻末に「医学するこころ」と題した小論となった。実はその小論の基になる論考は、日本の西洋医学導入の歴史的背景から現代の医療を論じたものだったが、残念ながら編集の都合により全文掲載することができなかった。
『乳がん治療の新しい視点——医療人類学から考える』(日本評論社)
アーサー・クラインマン関連の著訳書
2018年、ハーバード大学の客員教授時代にクラインマン先生から The Soul of Careの出版を教えていただき、帰国後すぐに訳出作業に取りかかり2021年に本書を世に出した。
先生がジョーン夫人のケアにいかに向き合っていったのかを知り、またそこから先生がいかにケアを思索していったのかにふれ、こころ熱き思いを抱いた。
一心不乱に訳出作業に取り組んだ、渾身の訳書である。また、2022年に永眠された松山由理子さんと取り組んだ最後の仕事となった。松山由理子さんとは処女出版(『風景構成法』)から30年あまりに亘って二人三脚だった。こころから御礼を申し上げたい。
『ケアのたましい——夫として、医師としての人間性の涵養』(福村出版)